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01月私たちが選んだ道 1
ごく一部の心ないメーカーのために起こってしまった悲しい出来事を4回にわたってご紹介します。
あなたはどう考えますか。
主人と私が、あるログハウスの会社を訪問したのは、1989年の2月頃でした。
たくさんのログハウスメーカーから資料を送っていただき、その中からこのX社に決めた理由は4つあります。
まずX社が輸入しているカナダのメーカーにいるログビルダーの名前を、主人が雑誌などでよく知っていたこと、若い営業マンの受け答え方にとても好感が持て、また実際にカナダでログビルダーをなさっていたこと、少ない予算に対応してくれる姿勢が感じられたこと、そして雑誌に大きく宣伝されていたこと、などの理由によるものでした。
メーカーからの正直な告白を聞いて・・・
私たちがX社に最初に伺ったときの印象は、オフィスにログのカウンターがあり、いかにもログハウスメーカーという感じでした。
基本プランの打ち合わせに3回訪問し、4回目の3月下旬に契約を済ませました。
最終的に予算の少ない私たちは、X社がモデルハウスとして利用することを条件に、利益無しの価格で建てて頂くことになりました。
X社に断られてしまった場合、予算の都合上ログハウスをあきらめるつもりでおりましたので、X社の心意気にとても感激しました。
そのとき、X社の方から、現在の会社の状態を正直に聞かせて頂きました。
経営の立て直しに苦労されていること、前任の社長が契約金やログのLC代金を着服し、そのまま行方不明になってしまったため、何人の方が泣かれていらっしゃると言うことなど、失った信用を取り戻すのに、今は一生懸命だとのことでした。
その後も3回X社に訪問し、基本プランの打ち合わせを進め、6月上旬に契約金の3分の1をお支払いしました。
地鎮祭は済ませたものの
6月中旬に地鎮祭を済ませました。
その3日後、主人と子供と私の3人で、X社にコンタクトをとっていただき、カナダのメーカーのログビルダーに会いにカナダへ出発しました。
壮大な自然と美しい湖・・・何人ものビルダーによって組まれていくログハウスは(もちろん他の方のログハウスですが)、まさに「夢の丸太小屋」そのものでした。
そこには私たちの家の簡単な設計図も届いておりました。
ただ、今畑の注文がとても忙しく、私たちのログは日本に届くのが10月頃になると言われて帰ってきました。
夏が終わり、その頃から問題が一つずつ起きてきました。
当初は12月完成予定だったのですが、、まず設計図面が非常に遅れました。
さらに10月に入り、ログはカナダから送られてくるばかりの状態にあるというX社のお話にもかかわらず、確認申請がおりず、結局12月になってやっと申請がおりたのです。
完成予定を翌年の4月に変更したものの、今度は地元の大工さんとの見積もりが合わず、基礎工事すら進まないという状態でした。
(つづく)